殺人犯の精神鑑定書を読んだらヤバかった

 ヒト殺しの精神鑑定書を読んでみた。個人的に3つの理由でヤバかった。

 

1.「取材」量がヤバい。

2.ヒト殺しの人生がヤバい。

3.ヒトを殺したときの心理がヤバい

そんな感じだった。

 

普通に売ってます

 裏ルートから鑑定書をゲットした、わけじゃない。普通に書籍として出版されたモノです。『宅間守精神鑑定書』。

宅間守 精神鑑定書――精神医療と刑事司法のはざまで

宅間守 精神鑑定書――精神医療と刑事司法のはざまで

  • 作者:岡江晃
  • 発売日: 2013/07/19
  • メディア: Kindle版
 

 宅間守。若い方だと知らないヒトもいるかもしれない。でも結構有名人だ。2001年に大阪の小学校で児童8人が殺された事件――通称「池田小事件」の犯人だ。そいつの精神鑑定書だ。僕の年代(1992年生まれ)、ぐらいから上のヒトは多分だいたい憶えてる。結構劇的な、センセーショナルな事件で、だからこの鑑定書が出版されてるのを知ったときは「おお、あの事件の!」って感じで、結構驚いて、テンション上がった。

附属池田小事件は、わが国では例のない小学校内における無差別大量殺傷事件です。(…)社会に激しい衝撃を与えた附属池田小事件を起こした宅間守の精神鑑定書をきちんとした形で残しておく必要があると考えました。

 まえがきにそんな感じで、詳しく書かれてる。一般書として出版することにした理由が。流れが。

 

 ――で、上述の3つのヤバさからこの鑑定書を紹介したい。

 

1.「取材」量がヤバい。

  精神鑑定、と聞いてどういうイメージを持つだろうか? というかどういうことをしていると思うだろうか? 

 

 この本を読むまでは、僕は漠然と「テスト」のようなモノだけを想像してた。絵を見せてこれがどう見えるかとか「こういうときあなたはどうしますか」みたいな質問を延々されるとか、そういうコトをやってくのが精神鑑定で、つまりそういう「テスト」の結果が単にずらっと書かれてるのが精神鑑定書だと思っていた。

 

 けど違った。

 読んで思ったのは、むしろ「伝記」だなってことだった。本書400ページの多くが宅間守の人生の「紹介」に割かれてる。宅間本人はもちろん、宅間の関係者にも聞き込みをして、宅間の生い立ちから逮捕までを丁寧に記録している。ここまで調べたのか、って感じで、単純にそれに感心する。宅間本人もかなり「取材」に協力的で、ノリノリ(?)で事件のこと、人生の細部、その瞬間の状況とか心境とかを鑑定医に打ち明けていて、まぁ当然っちゃ当然かもしれないけど、医者ってのは訊き上手、聞き上手なんだなと思った。

 

 もちろん「科学的」な鑑定もちゃんとしている。「資料」として脳波の測定値とか心理テストの結果が載せられている。でも一般人が読むぶんにはそういうのはぶっちゃけおまけで、この本の面白さは宅間の人生とかを丹念に追ってるところにある。単純に読み物として充分面白い。

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カバー裏はこんな感じ。

 

2.ヒト殺しの人生がヤバい。

宅間守の個人史を辿ると、幼少期から始まる逸脱行為、思春期から始まる精神病を疑わせる精神症状、青年期から明らかになる粗暴で暴力的な犯罪行為と強姦などの性犯罪行為、詐欺あるいは恐喝まがいの財産犯的な犯罪行為、そして頻回の転職、結婚と離婚の繰り返し、断続的な精神科治療歴などが認められる。 

 まさにその通りで、こいつメチャクチャやってんなぁと、読んでて思う。

中学校の同級生であった〇〇子は、「高校一年の頃……何度か電話……やりとりの中で、礼儀正しい。きっちりした内容の受け答えする。他の男性よりしっかりしている。噂とはちょっと違うな。と思う様になった……高校二年……単車でドライブ……堤防で……布をいきなり私の口に当て……その時の宅間の目つきは鋭いものがあり、抵抗したらどんなひどい目に遭うかもしれないと咄嗟に考え、後は宅間のなすがままに強姦されてしまった」と述べている〈調書〉。

T病院で飛び降りる前から何回か肉体関係のあった女性がいた。大怪我した後で「もう一回呼び出した」が、「ホテル行って、ちょっと抵抗され」た。俺は胸椎やあごの骨折、歯は抜けたのにと「腹が立っ」た。それで、これが圧迫骨折やと「女の背骨を思いっきりガンガンと殴っ」た。「ジュースのビンの底で自分で歯を折れ」と命令し、「女」は「真剣にガンガンガンと」自分の歯を殴っていた(笑う)。そしてホテルの外に「置き去りにして帰っ」た。

出所後間もなくのころ、「ホテトル」嬢に「家から用意してきた針」を見せ「B型肝炎のウィルスや、逃げようとしたら刺すぞ、とか言うて」、「長い監禁したらヤクザが来る」ので「別のホテルに」連れて行った。そして「コンタクトレンズを入れてるホテトル嬢の」「目をつぶしたろと思って」、「親指で体重かけながらセックス」すると、「目がみるみる間に、白目が真っ赤になって出血し」た(笑う)。

 だいたいこんな感じでいろいろやってる。ワルやなぁ、って感じで、正直胸くそ悪くなる部分もある。マジかよ、みたいな。「関わりたくないヤツ」のまさにお手本、教科書みたいな野郎だな、という印象。

 

 だけどその一方、というかときどき、妙に抒情的っつーか詩的というか、イイ表現だな、と思うモノもある。

「こんな独房におっても、交通事故で六十代、七十代が死んだ聞いてもあまり嬉しくないけど、三十代、二十代の奴が交通事故で死んだとか聞いたら、無性に嬉しい」。「外おってもシャットアウトになる奴、なんぼでもおるやないかと」「ハイになる」。

「自分がもしトラックの運転手やらサラリーマンとかやったら、その場でブスブス刺すか、半殺しのボコボコやってるんです。だから最後の一線いうか、仕事がかわいかったからね。役所勤めやったから。失いたくない気持ちがあって、それがものすごくブレーキになっ」ていたという。

「何もかもが逃れたかったんです。今の苦しさから」

テレビの漫才や生中継を見ると、「こいつ、もしさっきのこと(タレントの言葉や動作のこと)引っかかりながらやってたら苦しいやろうな、とか、そういうふうに見えてくる」

 なんとなく、ところどころで気の利いた言い回しというか、印象に残る言葉とかが散らばってる。なるべく「原文」どおりに、宅間の生の言い回しを鑑定者の側がちゃんと残してるってのも大きいんだろうけど、結構グッと来る。

 

3.ヒトを殺したときの心理がヤバい。

 事件そのものについては「本件犯行」という章で綴られている。言わばメインの箇所で、ページ数は30ページぐらいで短いけど、一番感動的なトコだ。

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 事件についての質問に対し宅間が答える。一問一答的なリズムで、事件前後、そして最中のことが、その心境が淡々と語られていく。

 

「ブスブス事件」。宅間はそう表現する。池田小事件、自分が8人の子どもを刺し殺したことを。

(池田小学校に着く寸前に思ったのは?)

 鑑定医がそう問う。

 自らの、過去の、21歳の頃の、「飛び降り」のことを引き合いに出して、宅間は答える。

「よく考えると僕死んどったんじゃないか。たまたま助かっただけやないか、と思ったのを覚えてるんです。飛び降りたときに。あのとき死んどったんや。おまけやないか、と」

 この鑑定書の中で、個人的に一番好きな文章だ。自分の人生を「おまけ」って語彙で表現するのは、率直にうまいというかセンスがあるというか脱帽というか、ってかストレートに感動した。ぶっちゃけ泣けた。

「もう終わりやな、と」

(そのときに感じた気持ち? 「もう終わりやな」と感じたの?)

「感じた。ああ、ちょっと。あの結構苦労したんですよ。包丁ね。そのとき考えたのがね、包丁を出すとき、底が破れたらあかんから、刃を上向きに二本とも入れとったんですよ。それで出すのに結構苦労してね。包丁二本とも取り出してやったら、子供が逃げ出したらあかんから。袋を、逃げんようにゴソゴソゴソゴソ、どっちが買うた方や買うた方や。それで何秒間かロスしてるんですよ。それを気にしたことやから、またひっかかったんですよ。ロスしてる自分を。ほんで、これは後で調書で言わなあかんな、と思って」

(ロスしたなあというイメージと、調書に喋らんといかんなあということをそのときに思ったか?)

「いや、それで何か悔しかったんです。何でこんなゴタゴタもたつかなあかんねん。これからやろうとしてるのにロスしてる自分がね」

「はっきり覚えてないけど。ただ不思議と音だけは聞こえてないんです。子どものピーピーピーピーいう声があったと思うんやけど、全然音が遮断されてもうて」

「自分の使命いうか、次々いう感じ。別にとどめさそうが、そんなの関係ない。重症でもいいわけです。百パーセント死なんでも。とにかく一人でもダメージいうか」

「達成感いうか、もうかなりやって疲れたなという感じ」

「疲れたな。終わったな、いう」

「社会とさらばやなあ、いう」

「いや、考えがあまり浮かんでけえへん。もうしんどかったから」

 そして宅間は捕まる。そして2003年8月28日、死刑判決を受ける。つまり精神鑑定の結果によって減刑はされなかった。

 2004年9月14日、死刑が執行された。

 

 ――正直「本件犯行」の章はもっと、全部引用したいぐらいだ。かなりイイ。ぜひこの30ページだけでも読んでみてほしい。


いや、すんません、もう一個、

「本件犯行」以外にもう一カ所、興味深くて、かなり感動的で、絶対読んでほしいトコがある。あとがきだ。鑑定人の。

もちろん、私たちの精神鑑定書は宅間守の全体像を捉えているとはいえないでしょう。宅間守は、弁護人には私たちとは違った顔を見せていたかもしれません。(……)一方で、死刑直前には獄中結婚した妻への感謝の言葉を残したとも伝えられています。

私は鑑定人として、診断が難しい事例においても、仮に十人の精神科医が鑑定したとして、うち七、八人以上が納得する根拠を示し診断すべきと考えています。仮説や主観的な思い込みは可能な限り排除すべきです。しかし宅間守については、より正確に人格障害の中核部分を言い表すためにあえて、古典的であり、かつ人格への非難・批判を内包するような「情性欠乏者」という診断名を使いました。

一方、精神科の臨床医としての私は、宅間守が抱いていた視線や音などへの過敏さはおそらくヒリヒリするほどの嫌な感覚を伴っていたのではないだろうか、などと宅間守の内的世界に目を向けようとします。

附属池田小事件の裁判での大きな争点が責任能力の有無でした。私はたとえ何人もの精神科医が何度も精神鑑定をしたとしても、私たちと同様に、宅間守には責任能力があるという結論になるだろうと確信しています。とはいえ、この精神鑑定書が死刑判決を後押ししたことは間違いないでしょう。そのことも含めて私は、宅間守の魂が安らかに眠っていることを祈っています。

 泣かせるあとがき、最後の言葉だと思う。職業倫理とかヒトの死とかへの諸々の感情が入り混じった、それをうまく表現してるあとがきだと思う。

 

 イイ本だと思います。シンプルに。

 

犯罪学大図鑑

犯罪学大図鑑

  • 発売日: 2019/07/19
  • メディア: 大型本
 

 本文には関係ない、けどちまちま読んでると結構面白い本。

 

P.S.

 書いてて思い出したけど、なんで個人的にこの事件が印象に残ってるかって理由のひとつに、小学校の頃の社会科見学があった。市立美術館だか博物館に行って、そのときの職員、学芸員か誰かが仏教の地獄絵図、みたいなのを俺たちに見せながら、「こないだのあの池田小事件の犯人とかは死んだらここに堕ちるんだよ」みたいな説明をしてて、そんなん言っていいんか? と子供ながらに思った、ってのがあって、まぁそんな感じでした。